メールマガジンNo.251(2011年4月24日号)震災孤児等支援金支給条例

被災から40日たって巨大津波の相馬市の被害の全容が明らかになってきた。

まず、床上浸水以上、つまり津波による流水の前に住人が生命の危機にさらされた家屋が1,512世帯、住民基本台帳での人口は、前回から修正して5,249人だった。

その中で、今日の段階で死者および行方不明者の合計は475人。

津波襲来の時にこのうちの何人が被災地にいたのかは不明だが、現段階で死亡者の数が一割を切っていることには、驚きと感謝の気持ちを禁じえない。

原型をとどめた家屋がほとんどない程の大津波から、9割の住民を避難させたのは地元の消防団員たちだった。

しかし、その犠牲者数は前回のメルマガ時から3人増えて10人となった。

磯部地区の方々が集団で避難生活をしている「はまなす館」で、殉職された消防団員のお母上とお会いして首を垂れた。

息子を亡くした心中を察するに、私は何と申し上げたら良いか?

お詫びしたい自分の気持ちをどのようにお伝えすべきか?

迷いながら視線を上げた私の前で、背筋を凛と伸ばした彼女は気丈だった。

「止めたのに、仕事だからと言って避難誘導に向かった。

やさしくて良い息子だった。

残した子どもたちのためにも私はしっかり生きなくてはならない」

殉職した消防団員10人の子供の数は11人、うち18歳未満は9人である。社会人として自立する前の子供たちを残して、死んでいった彼らの気持ちを思うと胸が苦しくなる。

さぞや無念、心残りだったろう。

多くの市民を助けた代償としても、余りにも重く、辛い。

相馬市が続く限り、市民は彼らを忘れてはならない。

我われ残された者たちが、父親の無念の代わりを果たすことなど、とても出来ないことだが、万分の一でもの償いと思い、生活支援金条例を作ることとした。

遺児たちが18歳になるまで月々3万円を支給するものである。

全くの孤児となった、あるいは片親だけを合わせ、今回の災害で親を亡くした18歳未満孤児または遺児は、全部で44人にのぼる。

この子らが成長するまでの経済的負担の一部を、市の責任で担っていくことを市民の総意で決めようと考えている。

今月の臨時議会にかけ議決を得しだい支給することとしたい。

財源は、遺児たちのための義援金の基金口座を作ったので、出来れば世界中からの善意をいただきたいと思っているが、不足する場合は市の一般財源で対応する。

総額は約2億円。

もしも、義捐金がこれを突破することがあれば、次には大学進学のための奨学金などに充てていきたい。

その際は条例を改正することになるが、もうひとつの条件は、孤児らに、将来強く生きていくための学力をつけさせることである。

相馬市の小・中学校は4月18日に遅れた新学期を迎えたが、心配したとおり被災地の子どもたちは、心の傷が学習の障害になっている。

我われは、臨床心理士と保健師ら常勤6人体制による「相馬フォロアーチーム」を結成し、教育委員会の別働隊として被災児童生徒のサポート体制を敷いた。

現段階で2年は継続することとしているが、仮に精神が安定した後もしばらくは、学力向上のためにきめ細かな指導を続けてもらいたいと思っている。

先日、私のメルマガを読んだというフィンランドと英国のテレビ局が取材に来たので、「貴国の友情をこの子らに!」と呼びかけた。

ゆえに相馬市のホームページの義援金口座ワッペンは英語バージョンも用意した。
拙稿の読者諸兄にもご賛同いただけるよう、平身低頭。

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更新日:2019年09月30日