メールマガジンNo.270(2012年7月17日号)相馬寺子屋

お蔭さまで、震災孤児遺児らへの義援金は4億円を超えた。
はじめは殉職した消防団員たちへの「済まない」という気持ちから始まった被災孤児遺児への生活支援金制度だったが、世界中から温かい寄付が集まった結果、生活費応援だけでなく大学などの高等教育支援にも手が届くようになった。磯部・原釜の消防団員たちが目の前に迫る津波を見て死を覚悟した時、胸に迫ってきた家族への思いを推し計れば、我われの背負った義務が自ずから決まってくる。子どもたちが元気に強く生きていけるように成長することや、年老いた親たちが安心な老後を送ってくれること、そして彼らが守ろうとした集落の人々が幸せに暮らせる地域社会であり続けること。

これらは復興計画そのものなのだ。
我われ相馬市は復興を定義するにあたって、被災者の世代別の人生設計を再構築することを第一の目標とした。子どもたちを健やかに成長させることと、成人した後の生きる力を育むこと。高齢者には安心して暮らせる老後の環境づくり。青壮年層には安全な居住環境の提供と恒久住宅の整備、さらに人生の再設計のための産業の再生。また安全な地域社会の建設のために、今回の震災の経験を踏まえた災害対策を出来る限り講じていくこと。
したがって子育てや教育において災害の影響を乗り越えることを第一番目の課題としながら、孤独になった高齢者の福祉のために知恵を凝らし、復興住宅建設や漁業や農業のための復旧復興、また放射能対策としての健康対策・除染活動などの、ソフト・ハード事業を推進することを基本理念として復興事業にあたってきた。

5月に完成して供用を開始した「相馬井戸端長屋」は、以上の理念に基づく諸事業の一端だが、一戸建てや分譲地の方はこれからである。したがって、復興事業が決して最適・最速に行われているとは言えないが、我われなりに力を尽くしてきた。
ハード事業に対しては、いままでお付き合いをいただいてきた市長さんたちの温かい友情と、国土交通省、総務省、農林水産省などからの支援により、21人の技術者の派遣をいただき、復興理念の実現に向かって全力で取り組んでいる。相馬市の職員たちとの息も合ってきたので、その効果は絶大である。深謝したい。

一方、子どもたちについては殆どがソフト事業で占められるが、こちらの方も多くの方々から応援によって着実な効果が上がっているので、以下ご報告を申し上げながら、私の感謝の気持ちを表したい。

震災から一か月後の4月18日からの学校再開を決めたものの、教育委員会から私に上がってくる報告は、恐怖体験や肉親・友人を失った子どもたちの精神不穏だった。これらPTSD(外傷後ストレス症候群)対策として、全国から臨床心理士と保健師を募り、教育委員会の外部部隊としてのボランティア組織「相馬フォロアーチーム」の活動を開始したのが4月20日だった。その後NPO法人格を取得し、世界中からの寄付金で運営されている。主な活動は、被災した小中学校に臨床心理士や保健師を派遣、さらに症例によっては顧問医師の家庭訪問によるカウンセリング、また学力向上もPTSD対策になるという私の考えから、勉強のお手伝いも事業の項目に入れてもらった。

被災児童生徒の学力向上への思いは、冒頭書いた殉職消防団員たちの無念な気持ちとも交差する。災害孤児遺児支援金は、18歳までの月々3万円の生活支援金と、大学進学奨学金(返済義務なし)のための必要額をほぼ達成出来るだけの寄付をいただけたので、現在は先月の議会で承認された月々7万6千円(大学生仕送り全国平均値)の下宿代仕送りが実現できるよう支援を求めている。世界中から我われ相馬市のこの取り組みに温かい応援をいただいている事には、驚きを以って受け止めていると同時に責任を痛感している。
責任とは、子供たちのPTSD対策もさることながら、いただいた義援金を有効に使えるように、具体的には子供たちが大学に進学できるように、高校卒業までに充分な学力をつけさせることである。そして、学力向上という課題は震災孤児遺児だけでなく、被災した全児童生徒、ひいては相馬市の子ども達全員に対する課題である。放射能の子どもへの健康被害対策(注釈1)には全力を尽くすものの、彼らは少なからず、放射能被災地という風評と向き合いながらこの地で暮らしていくのだから。

第九分団(磯部地区)の副分団長だった阿部健一さんの娘さん・彩音ちゃんの将来への決意(注釈2)を聞いて、「相馬市教育復興子育て基金」条例を制定したのが昨年の9月議会だったが、現在まで総額で7000万円の基金へのご支援をいただいている。我々が基金を使って最初にしたことは、被災した中学生たちにiPADを与えてドリルや理科の授業の教材にすることだった。もちろん、有害サイトへのアクセスの問題やアップデート対応、教材コンテンツを確保することなど課題は多かったが、代々木ゼミナール看板講師の藤井健志先生たちのグループの支援や、また現場の先生や相馬市教育委員会の熱意もあり実現にこぎつけた。学力向上に対する効果は勿論だが、子どもたちが将来強く生きていくために情報端末を使いこなすことは必須条件である。

また震災後間もない去年の夏休みには、宮城教育大学から大学院生の派遣をお願いして、学校教室で子どもたちの補習授業を行ってきたが、スタッフ不足で秋には中断せざるを得なかった。今回は、経費として充当できるだけの子育て基金が集まってきたので、鈴木寛元文部科学副大臣のご紹介をいただいて東京大学教育学部に直接お願いすることにした。3月27日、東京大学の武藤芳照副学長に週末の学生ボランティア派遣をお願に行ったところ、非常に前向きな返事をいただいたので、我われはさっそく準備にとりかかった。対象は被災地の小・中学生だが、土曜日と日曜日にボランティアで来てもらうので、仮設住宅の集会所を勉強の会場とすることにした。相馬で過ごすための段取りはフォロアーチームが行う。福島市まで新幹線で来てもらい、ワゴン車で迎えに行き、フォロアーチーム関連の合宿所に泊まって食事をしてもらう。また会場設営や、子どもたちを集めることや、勉強会に寄り添うことは教育委員会のスタッフが行うことにした。
6月16日、第1回の勉強会が始まった。最初に来てくれたのは東京大学教育学部の大学院生の方々だったが、流石に子どもたちの心の捕まえ方は素晴らしかった。小学生とは遊びから入り、中学生には勉強のポイントから教え始めた。子どもたちの弾けるような笑顔と、勉強に取り組む真剣な眼差し。私はこの勉強会を「相馬寺子屋」と呼ぶことにした。
我われは、仮設住宅の暮らしが子どもたちの成長にとって、どのような影響を与えて行くのか?という重要なテーマと向き合っているのだが、仮設住宅での暮らしが大人たちにとって整然としたものであれば、この環境なりに子どもたちの豊かな感性や社会性を育てることは十分に可能だと思うようになった。
東京大学のご厚意に心から感謝申し上げるとともに、「相馬寺子屋」がより意義深いものになるよう、復興事業に精を出したい。

注釈1

注釈2

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更新日:2019年06月07日