中村城 西二ノ丸

古くは西館と呼ばれ、相馬利胤が中村城に移る前に、盛胤が隠居したこともありました。利胤が本拠を移した頃は、家臣の屋敷でしたが、後に南の方は台所役所となり、北の方には米倉が造られ、宇多郷・北郷・中郷の貢税が収められました。火薬庫が置かれたこともありました。ここから見える本丸西面の石垣は、弘化4年(1847)に崩落し、積み直されたものです。籾蔵門は、西二ノ丸の北側にあり、蓮池西土塁より続く一連の防御施設でした。

(写真:西二ノ丸跡 南側から)


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