相馬の歴史講座 「中村城」

第8回 中村城の絵図

城絵図は、城郭の配置や城下町の様子などを知るうえで、大変貴重な資料となっており、中村城に関する「絵図」も数枚確認されております。その中で市歴史民俗資料館に収蔵あるいは保管されている3点の資料について、以下に説明を記します。

絵図は、正保城絵図(1644〜1647)、奥州相馬中村城絵図(慶安元年、1648年)、中村城下地図(元禄15年頃、1702年頃)です。(それぞれの絵図はこちらのページをご覧ください)

城絵図を作成する目的は、いくつかあると考えられますが、そのひとつとして城の設計図的役割(縄張りを知る資料)です。次に江戸幕府が統制を高めるために作成させたもの、また、城の修復を行う祭、幕府に提出させた届出等の図です。

原本は幕府に提出されますが、その下書あるいは写しが藩の重要書類として保管され、現在まで残されてきました。

正保城絵図は、江戸幕府が1644年(正保元)、全国の大名等に提出を命じ作成させた図です。この絵図は城郭部が鳥瞰図のように立体的に描かれたもので、各郭の大きさ、土塁(塀)の長さ、それぞれの堀の幅や深さ等について詳細に記載されています。また、天守や乾の櫓、各門等の形をうかがい知ることができます。

慶安の図は、城内の修復にあたり、幕府に提出したものの写しと考えられ、改修部分について朱書きされています。城郭のみの図ですが、この図から本丸北側部分の修復の跡がうかがえます。

中村城下地図は、元禄15年(1702)頃に作成された4枚のうち2枚が現存しています。城郭と城下町を、定規等を使用して丁寧に図化したものです。この絵図は、城下士の屋敷の配置や商家、工人の配置、また、神社仏閣の位置なども克明に記されています。碁盤の目のように配されている町割が窺えます。また、この絵図には、街道から城下町への出入口となる枡形を明確にあらわしています。

執筆:橋本博幸氏(相馬市教育委員会生涯学習課)


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