相馬の歴史講座 「中村城」

第7回 中村城の建造物

城郭の建造物には、天守・櫓(やぐら)・城門(櫓門・高麗門こうらいもん)・塀(土塀・板塀)・御殿ほかがあります。天守には三重・五重がありますが、大型の三重櫓は天守の範疇に含めて考えられていました。

櫓は城門と共に基本建築で、天守と共通の見方ができますが、多聞(たもん)櫓は走(はしり)長屋(ながや)とも呼ばれます。種類は三重・二重・平の三種で、物見(ものみ)・横矢掛(よこやがかり)の用途だから石垣・土塁の屈曲部上に建てられ、隅櫓(すみやぐら)と呼ばれます。櫓門の階上も櫓と見做(みな)されます。城門には櫓門をはじめ平面がコ字型になる高麗門・控(ひかえ)柱のある薬医(やくい)門・本柱二本の棟(むね)門・小さい埋門などがあります。

中村城は大手升形・中門升形に高麗門・櫓門があり、城内から移築と伝えられる正西寺高麗門が遺存します。本丸四櫓と称されるのが、天守・前門・搦手(からめて)門・北隅櫓です。他に東二の丸に表門・裏門・不開門・内蓮池門、西三の丸に西山口門、北三の丸に小野口門がありました。

中村城本丸御殿平面図(クリックで拡大ページに異動)

中村城本丸御殿平面図
拡大ページ

今回初めて県立図書館図・奥相志図をベースに、本丸御殿平面図製作が成りました。

型通り表(おもて)・中奥(なかおく)・奥(おく)に分割され、左方に雁行(がんこう)する典型的書院造りであることが判明しました。

部屋割りと名称から、藩主の一日の執務の態様が推察されます。

御殿は藩主の住居と藩政のための庁舎の機能をもち、表は四室構成の大書院です。ここでは儀式・接客・行事・公用使者や家臣の対面の場で、畳敷の入側(いりがわ)を含めて百数拾畳の大広間です。石高に比して広大なのは、数多(千八百人)の給人・郷士の年始御目見(おめみえ)のためと推定されます。普段村に住み農作業に従事する在郷給人が、武士として登場する場面が野馬追と年始御目見であることが実感できます。

中奥は昼間の公務の執務の場で、御座の間(ござのま)にあって右筆(ゆうひつ)に書簡や公文の作成を命じる様子が手に取るように見えてきます。

北に庭があり、庭園の立石が遺っているのはこの位置と推定されます。射場もここにあります。南側の巨大な台所も注目されます。

奥は夜間休息の内殿と女官・側室の住居が並びますが、奥方は江戸上屋敷(かみやしき)常住です。

執筆:鈴木啓氏(福島県立博物館初代学芸課長)


前のページへ戻る

ホーム > 相馬の歴史 > 歴史講座 > 中村城 > 第7回