市長のひとこと

このページは、市長がいろいろなところで話した内容をご紹介するページです。

本内容は、重複した言葉遣いや表現などを整理した上で掲載しています。

玉野地区ふれあい敬老会

2015/09/19

みなさん、おはようございます。今日は敬老会ですね。私も各地区の敬老会にお邪魔していまして、ここが5カ所目の会場になります。

さて、先日は大雨で大変心配しました。宇多川が溢れる恐れがありました。宇多川の上流には松ヶ房ダムがありまして、このダムに流れ溜まった水を放流しないといけなかった。宇多川下流の北飯渕付近で越水の恐れがあり、北飯渕などの住民の皆さんに避難指示を出しました。約700名の方々が向陽中とアリーナに避難されました。

その避難された皆さんの炊き出しを指示したのが、明け方の3時頃でした。ご案内のように、新たにつくった防災備蓄倉庫には、次の災害があった時の為の米や水や布団などの備蓄品があるだけではなく、炊き出しに対応できる機材もあります。市の職員たちが頑張って炊き出しをやりました。ところが、本格的に使用するのが初めてでしたので、なかなかスムーズにいかない。苦労しながら炊き上げたご飯をお握りにし、提供できる状況になった時には、ほとんどの方がご自宅へ帰られたころでした。というのも、想定よりも早い段階で雨が上がり、避難指示を解除することができたからです。そういった反省点などもありましたが、何よりも大きな被害が出なかったことが本当によかった。炊き出しに関しては、実戦訓練ができたと考え、次の災害時に活かして行ければ良いと考えています。

大雨災害で思い出されるのは、東日本大震災の年の7月にあった、新潟県と会津地方での洪水被害です。震災では、私たちは国内外さまざまなところから支援をいただいておりますが、その中に新潟県長岡市がありました。長岡市からは支援物資、そして職員の派遣もしていただいており、そういったご縁もあったので長岡市長に電話を入れました。困っていることはないかとのこちらの問いに、「自分のところは良い。だけど隣の三条市が大変な状況だ。」とのこと。それで三条市長に電話を入れました。三条市長からは、「水と食料を支援して欲しい。」と要望がありましたので、水12トンとカップ麺を届けました。別に恩に着せるつもりはなかったのですが、この三条市長が義理堅い人だった。後日、あの時は大変お世話になりましたとお礼の為に相馬に来ていただいた。「三条市は大変な時に、被災地の相馬から助けてもらいました。我々も相馬市に協力したい。一番困っているのは何でしょうか」と話をいただき、「復興の仕事をするのに職員が足りない」と答えました。「わかりました。三条市から職員を2人派遣します。」と。それが今日まで続いています。その様な縁があって、三条市とは防災協定を結びました。震災以降、こういった義理や人情を非常に感じながら震災対策をやってまいりました。

そして先日の豪雨の際に、宮城県大崎市で堤防が決壊し、約700名の住民が避難せざるを得ない状況にありました。これまで全国からいただいてきた御恩を何らかの形でお返しすることができないかと常々考えておりましたので、今まさにその時と思い、大崎市長に電話をし、2,400本の相馬の名水を届けました。災害にあった時に一番に必要なのは、被災者に水を渡すことです。後日、大崎市長から御礼の電話を頂きました。

さて、東日本大震災以来、みなさんには何かとご苦労をおかけしております。風評被害については、なかなか収まらない状況にあります。特に、相馬で獲れる魚に値段がつかない。漁師の方々は、地震や津波で家を失い、漁協の建物も流されました。今でも大変な苦労をされています。その様な中で、先程ですが、磯部地区の漁師のみなさんが使う網などの漁具を入れる倉庫の起工式に行ってまいりました。津波被災地が一歩ずつ復興に向けて進んでいます。

震災対策はまだまだ続きます。特に放射能に関しては、玉野地区の皆さんはじめ市民の健康チェックを継続的に行っていかないといけません。今のところ相馬市では、子どもをはじめとして健康被害は出ていません。そしてこれからも出ないだろうと思われますが、検査は継続していかなければならないと思っていますので、皆さんのご協力をお願いしたいと思います。

私のあいさつは以上でございます。では、歌を歌って帰ります。


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