市長エッセー

彩音さんの決意

2011/10/25

9月10日のこと。津波の犠牲者を悼むために市が主催した慰霊祭で、遺族代表として祭壇に語りかけた磯部中学校二年生、阿部彩音さんの言葉に会場全体が胸を打たれた。彩音さんは副分団長だった健一さんの長女。被災して間もないころに避難所でお会いした、健一さんのお母さんの凛とした気丈な決意を以前にこのメルマガで紹介したが、娘さんからも私は大切なことを教えてもらった。
「集落の人々を救おうとして殉職した父を私は誇りに思います。父のように人の役に立てる大人になりたいので、勉強をして大学に進み、将来は保育士になりたい」
いままで何千と聞いた追悼の言葉のなかで、これほどに死者を労わる気持ちに接したことは無かったように思う。天国の健一さんが最も望むこと、つまり我々大人たちが何を目標に復興に取り組まなければならないかを、14歳の少女に教えてもらったのだ。

いま、福島県は厳しい状況にある。津波被害を乗り越えても、原発による県全体への風評被害や健康不安など、いつ果てるとも知れない戦いが続くことになる。震災復興と放射能問題のふたつの課題に直面する相馬市も、福島県の一員としての長期戦を覚悟しているが、彩音さんの言葉に、長い峠の坂道の向こうにぽっかり浮かんだ白い雲を見るような思いがした。健一さんら消防団員たちの子どもだけではない、相馬の将来を担う子どもたち全員の成長こそが希望なのだ。

震災孤児等支援金条例をつくり世界中に支援を呼びかけたのは、被災して間もない4月のことだったが、あのころの私は親を失った子どもたちを、先ずは経済的に支援することを考えていた。支援とは、生活の支援金と進学のための学資の全額支給だった。お蔭さまで、支援の基金は3億1千万円を超えた。4億円あれば、震災孤児遺児に月々3万円ずつ支給し、さらに大学進学の際には入学金と毎年の授業料全額を返還無用の奨学金としてあげられる。寄付者のなかには継続的にとのお考えで、定期的に送ってくださる方もいらっしゃるのでありがたい。亡くなった親たちに代わって心から御礼を申し上げたい。

国内をはじめ世界中からご支援をいただくなかで、しかしながら今回、私は御礼を言っているだけでは済まないということを彩音さんから教わった。彼女に大学進学の学力をつけさせるように、教育しなくてはならないということである。子どもたちが相馬の将来の希望なら、その子どもたちを目いっぱい教育することこそが我々のできる最大の地域振興策なのだ。

9月議会の最終日、急な提案で議会の皆さんにはご迷惑をお掛けしたが、新たに教育目的基金、「相馬市教育復興子育て基金条例」を満場一致で可決していただいた。もちろん基金のすべてを学力向上のために使わせていただく。たとえば、相馬に行って子どもたちの勉強を見てやりたいという優秀な大学生がいたら、旅費宿泊費などに充てたい。子どもの可能性は無限大だ。だから使い道は山ほどある。
彩音さんの大学入試まであと4年。どのような成果を出せるかで我々の地域振興策が問われる。

 

前のページへ戻る

ホーム > 市長室 > 市長エッセー集 > 市長エッセー