市長エッセー

礼というけじめ

2004/01/30

1月18日の大相撲初場所のなか日、友人と栃東の応援のために国技館に行ったときのこと。

十両取り組みが終わり、これより中入り後という時。
向正面の上段に座っていた我々には、大屋根の向こう側なのでよくわからなかったのだけれど、急に場内の雰囲気が変わったのを感じた。
国技館全体がにこやかに、そして和やかになったのである。
正面の方から始まった拍手がやがて場内全体にわたり、気が付くと私たちも立ち上がって拍手をしていた。

この日は天覧相撲の日であり、両陛下がご入場されたのである。
大屋根を避けて通路側まで廻ってみると、ロイヤルボックスで両陛下が手を振っておられた。続いて流れる君が代と場内の統一感。
いつもは輪になってチョンチョンとやる幕内土俵入りも、この日はだけは両陛下に尻を向けまいと、縦横枡形に整列して行う。その間時折手を振り、また頷きながら力士たちの敬意に応えておられる。その度にわき上がる拍手。

誤解しないで欲しいのだが、私は天皇制を礼賛するつもりでこの稿を書いているのではない。
国技という伝統文化のなかで、国民の象徴たる両陛下をお迎えする場内の所作、言い換えればこの国の「礼というけじめ」を感じて胸がふるえたのである。

礼式という行為は、ひとつには社会生活やその人の人生の「けじめ」のために存在する。
先日、長期間にわたって相馬民謡同好会の会長をつとめられた桃井可生氏が退任された。そのスピーチで「私は民謡を歌うときは礼に始まって礼に終わると教えられ、そのことを一貫して大切にしてきました。」と仰っておられた。引き際も、その挨拶も、けじめのつけ方も立派なものであった。その場で聞いていた私は、なぜか国技館での感動と同様の感銘を受けた。

今の家庭教育にこの姿勢が欠けているような気がしてならない。
私のような実務型の人間も、立ち止まって反省しなくてはならない。

 

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