市長エッセー

大戸君の夕焼け

2003/12/05

今から30年ちょっと前の話。

当時大学の水泳部だった私が、二本松市の市民プールで夏合宿をしていた夕方、その子は5歳か6歳ぐらいだったと思う。プールの中央で半分沈みながら動かなくなっているのが発見されて、場内が騒然となった。
引き上げられたその子はピクリとも動かない。相当水を飲んでいるらしい。 と、その時。見守る人の群れの中に飛び込んでいった同級生の大戸君が、マウストゥマウスの人工呼吸を始めるまで一瞬だった。今から思えば脳死の状態だったと思う。既に瞳孔は正円に開いている。でも彼はまるで自分の子どもを守るように、気持ちと体を一杯に使って小さな命のために闘っている。駆けつけた救急隊員の見守る中、他の部員に指示をしながら、彼は黙々と心臓マッサージと口移しの人工呼吸を続けた。
「嗚呼!」。天を仰ぐ彼は、それでも気を取り直すように「よし!」といってまた続ける。
4、50分もたっただろうか。夏の日もすっかり落ちてあたりが暗くなり始めたとき、突然、大戸君の泣く声が夕焼けのプールに響いた。
拳を握り、立ち上がって号泣する彼に、しかし誰も泣くのを止めろとは言わなかった。

夕焼け空を見て、今でもあのときの自分の虚しい気持ちを思い出すことがある。 医療の原点は薬や器械ではないのだ。素手で、つまり精神力と体力で小さな命を救おうとして、人間として精一杯闘った彼に対し、その場に呆然と立ちつくすだけだった私は、救急蘇生術を知らなかったのである。

11月30日相馬市に救急ボランティア団体、「相馬フレンズ」が誕生した。
救急蘇生術の普及、啓蒙にボランティアとして力を注いでゆくという。
私は是非、救急隊員や消防団の方々ばかりでなく、できるだけ多くの市民、特に中高校生に救急蘇生術を知っていてもらいたいと思う。
人生の中でそのような悲惨な状況に出会わない人は幸福だが、いざという時に備えることは人間としての大きさ、たくましさにつながる。救急の時に何かしらの役に立てるという自信が、その人のやさしさにもつながると思う。
相馬フレンズがこれからしっかりと活動していただければ、本当にうれしい。

余談ながら大戸君は卒業後、東大、筑波大学と研究生活を続け、今は福島医大の輸血学の教授として活躍中である。30年、彼とこの思い出話をしたことは一度もない。でもお互いのその後の人生に、大きな影響を与えた強烈な体験だったはずである。彼は今日も、あのときのように黙々と研究を続けている。

 

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