市長エッセー

相馬観光復興御案内処

2013/10/13

震災で失われた松川浦の景観は、以前は観光資源として多くの人々を相馬市に呼びこんできた。そのため松川浦の周辺には旅館や民宿が栄え、農業・漁業の傍ら手伝いをする地域住民の雇用を産んできた。観光客であふれ、潮干狩りで賑わった初夏の風景が今でも瞼から離れない。
私たちが子どもの頃から慣れ親しんできた美しい松林が、津波に流されて無機質な土手になってしまった今、悲しさを通り越して空虚な気持ちになる。植林に励んでも松林が再生されるまで、あと何十年かかるのだろうか?
それでも震災直後は、被災した火力発電所の復旧工事の作業員で旅館も民宿も一年ぐらいは大忙しだった。しかし発電所の復旧工事が終わってみれば、観光資源を失った閑静さばかりが目立つようになってきた。復興事業に伴う市外からの宿泊の需要は依然としてあるものの、市内のビジネスホテルが吸収してしまうため、観光旅館や民宿に泊まってくれる人は少数である。追い打ちをかけるように、原発事故により地元の魚介類が敬遠されるようになったため、観光客獲得には頭を痛めていた。

そんな私に一筋の光明を与えてくれたのが、日本サッカー協会によるJFAフットボールセンター建設計画のご提案だった。天然芝3面・人工芝1面、併せて4面の公式コートをFIFAの被災地支援として整備してくれるというものだった。その後TOTOの支援を得て相馬市が整備する人工芝1面を加えて、合計5面のサッカー場の整備が決まった時は、サッカー少年たちの笑顔はもちろんだが、旅館や民宿の女将たちの顔が眼に浮かんだ。松川浦の松が茂るまで、サッカー王国で繋いでやろうと希望が湧いた。
相馬市の工業団地東地区に隣接する石炭灰埋立処分場の上には、東北最大級9コースのパークゴルフ場と、4面同時に試合が出来るソフトボール場がすでに整備されており、それぞれが愛好者で組織されるNPOにより管理されている。NPO「ドリームサッカー相馬」の管理する旧サッカー場も、JFAフットボールセンターとして生まれ変われば、3つの施設を併せて強力なスポーツ観光戦略が展開できる。それぞれの大会の開催をはじめ、合宿誘致や、有名選手のスポーツ教室開催など、企画と営業次第で交流人口を増やし宿泊客を確保することができる。

もうひとつ私にとって意外な展開だったのが、復興の進み具合を見学しようという相馬への来訪者が増えてきたことだった。井戸端長屋は財務大臣、国交大臣はじめ多くの国会議員の方々にご視察いただいたが、続いて完成した戸建て住宅や、磯部の公民館、原釜の漁労倉庫、高松の防災倉庫など、復興に向けて取り組んできた成果を視察される方々が増えてきている。私はバスの窓から被災地や仮設住宅を見て、「大変ですねぇ」と言って通り過ぎるだけの方々はむしろ迷惑なだけと思ってきた。しかし今日までの相馬市民の頑張りを今後の災害対策の参考にしようというのなら、喜んで情報提供しようと思うし、視察にあたって相馬にお泊まり頂くなら大歓迎である。よって10人以上の団体が宿泊を伴い復興の視察にお出でになるなら、市の職員が簡単にご案内と説明をすることにしている。これ以下の小人数で「ご案内願いたい」と申し込まれる方々には観光協会が対応しているが、こちらのほうも増加傾向にある。

そこでサッカーの大会などの際、光陽地区のNPOと連携して宿泊などを手配し、復興視察に説明とご案内付きでお出迎えする施設を企画した。旅館など観光事業者の意欲を鼓舞し、目的を分かりやすく発信するために、「千客万来館」と名付けて復興庁と協議させてもらった。千客万来館には事務室と身障者対応トイレのほかに以下の施設を備える。お出迎えのためのエントランスホール。災害対策の生きた勉強に来られる方のために、震災直後の対策本部の対応や復興への努力、放射線対策や今後の展望などをパワーポイントで説明するための研修室。靴を脱いで休憩するための和室。機会があれば郷土料理を振る舞うための調理室などである。さらに市役所庁舎の新築に伴って解体される中央公民館も、千客万来館に接続して建設するため、時間調整さえすれば150平米程度の二つの公民館のホールを使えることになる。

復興庁のご理解を得て、効果促進事業として今年度着工されることになったので、観光協会会長を兼ねる商工会議所会頭、松川旅館組合、相馬市旅館組合、それとサッカー場、パークゴルフ場、ソフトボール場の指定管理者となっている光陽地区の3NPOと市の間で具体的な組織作りの協議に入った。スポーツについては大会の企画からはじまり、宣伝、運営、選手をはじめとする来訪者のお世話。復興視察は申し込み受付から宿泊の手配、千客万来館での説明、ご案内など。ご案内スタッフは今でもボランティアの方々にお願いしているが、数を10人程度に増やしてローテーションなどを決め、システム化したい。総指揮官である処長は商工会議所会頭にお願いすることにして、10月1日、「相馬観光復興御案内処」がスタートした。御案内処という名称になっているが、これはあくまでも組織であり、商工会議所の下部団体として市役所と連携して交流人口の拡大を図る。

来年度は、津波で亡くなった方々の霊を慰め、原型を全く留めていない原釜、尾浜、磯部のかつての風景を写真展示するなどして相馬市の記憶に留めるための「鎮魂記念館」の建設に入る計画である。完成すれば、地域の人々は勿論のこと、相馬市を訪れる多くの方々を招き入れることになろう。こちらの管理運営も相馬観光復興御案内処で対応する予定である。

 

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