市長エッセー

PTSD対策とルイヴィトン社

2013/07/14

2013年4月15日。世界的企業のLVMHモエヘネシー・ルイヴィトン・ジャパン社から寄贈を受ける、「LVMH子どもアートメゾン」の着工式が、現地である相馬市中村二丁目で行われた。

震災後一か月余りたった2011年4月18日から、相馬市では小中学校および市立幼稚園の授業を再開した。
ところが、教室を運営する上ですぐに問題になったことは、津波被災地の子どもたちの「心の傷」だった。たとえば授業中に「海」とか「波」という単語が出てきただけで子どもたちが泣き出したり、そわそわして情緒不安定になるというのだ。毎日の災害対策本部会議で教育長から受ける報告は、一つひとつの事例が衝撃的だった。
そこで私たちはPTSD対策が喫緊の課題と考え、全国に呼び掛けて臨床心理士や保健師さんを募集した。発達障害などの専門家である星槎グループの宮澤保夫会長からの支援によるスクールカウンセラーをはじめ、東京都健康長寿医療センター研究所の高橋龍太郎副所長のご厚意で派遣をいただいた保健師さん、相馬市の応募に応じてくれた臨床心理士など、6人のスタッフによる緊急のPTSD対策チームを同年4月20日よりスタートさせた。この段階では、このチームを組織としてどのように定義するかより、何よりも一刻も早く対策を講じていくことが必要だった。

その後、PTSD対策は、10年ほどは継続してフォローしなければならない重要課題だと考えるようになり、対策チームをNPO法人として組織体制と財務を整え、相馬市教育委員会の関連組織と位置付けることにした。法人設立認可は2011年8月5日。運営にあたっては出来るだけ寄付金収入により財源を確保し、復興のソフト事業で人件費などの予算がつけば、相馬市から申請しNPOへの委託事業とするか、支援措置が無い場合には市の単独事業として必要なだけ捻出することにした。

私がこの事業主体をNPOとして、体系的・継続的なものに出来ると考えた背景には、4月に相馬市を訪れこの事業に支援を申し出てくれた「日本香堂」の小仲社長および大久保副社長と、1400人の在学生徒から月々ひとり100円のカンパを集め毎月送金することを約束してくれた大阪市の「プール学院」のご厚意が大きかった。「日本香堂」の場合、毎年のチャリティー公演での場内販売の売り上げを全額、この事業に寄付していただいており、今年までの3年間の寄付金総額はゆうに5000万円を超えている。

NPO法人相馬フォロアーチームのスタッフたちの動きは当初から活発だった。被災地の小・中学校と幼稚園のみならず、原発などで恐怖心を持った市内全域の子どもたちを対象に、猫足でそろりそろりと教育現場に入り込み、何気なく課題を探し出し、時には顧問のドクターを連れて仮設住宅まで足を伸ばした。現場での信頼を得た彼らは先生方の悩みや相談にも応ずるようになった。

勉強の成果を挙げ、学校での授業時間を自信を持って過ごすことも有効な対策である。また世界中からご寄付を募った「災害孤児遺児義援金」は、彼らの大学進学を経済的に可能にするのに十分な金額をお寄せいただいたが、大学入試に合格するだけの学力をつけさせることも、ご厚意に対する義務であった。
よってNPO法人の事業に、「学力向上」も加えることにした。当時文部科学副大臣だった鈴木寛参議院議員に相談し、彼の紹介で東京大学副学長の武藤先生にお会いした私は、相馬市の被災児童をはじめとする市内の子どもたちの為にボラアティアの学生さんを募っていただけないかとお願いした。ご理解とご厚意を戴いた我われ相馬市は、仮設住宅での「寺子屋」や意欲ある中学生を対象にした特別学習教室などを運営している。

実は鈴木寛議員とは放射能による子どもたちへの健康被害について、徹底的に話し合った仲だった。放射能対策の為に18歳以下のすべての年少者の、内部被ばく、外部被ばくを測定し、厳しい基準となるが年間被ばく量1.6ミリシーベルト以上のケースには除染をはじめ生活指導や健康管理などを徹底して行い、精神的なダメージなど二次的な被害を出さない為の冷静な対応策を策定・実行する上で、彼との議論は理論的な基盤になった。その結果、今日の段階で相馬市では年間被ばく線量が1.6ミリシーベルトを超える子どもは無くなった。しかし一番の問題は、女生徒たちが将来の出産の際に異常分娩になるので自分は結婚出来ないと思い込んでいるケースが多いという現実だった。これは紛れもないPTSDである。科学的な根拠もなく無責任に不安を煽るだけの方々の心無い発言が、福島県の子どもたちの心の傷を深めているのだ。この点でもNPOとしてしっかりフォローして行かなければならない。

NPO法人が順調に機能しだした2011年の10月。すでに副大臣を離職されていた鈴木寛議員から、東日本大震災の被災児童の支援を考えていたルイヴィトン社をご紹介いただいた。日本法人本社にお伺いした私は、相馬市のPTSD対策や学力向上の取り組みなどを説明して、同社の支援をお願いした。日本法人のエマニュエル・プラット社長は、私の取り組みを「クリエイティブ!」とおっしゃってくれて、「相馬市への支援を考えよう」と言われた。そこで私はPTSD対策の拠点となり、やがては子供たちの情操教育の場となるような「子ども館」をご寄付いただけないかとお願いした。鈴木寛議員のプレゼンテーションも社長の心を動かしてくれたのだと思う。「場所や規模などの検討を始めましょう」、とのお応えをいただき、同社の齋藤広報部長さんと企画に取り掛かった。

相馬市街地の中村二丁目に、かつての市営住宅の跡地で、現在は更地となっている500坪の空き地があった。この場所に齋藤部長をご案内し敷地としてのご了解をいただいて、ボランティアで設計を担当して下さるフランス在住の国際的建築家・坂茂先生の設計による「LVMH子どもアートメゾン」計画がスタートしたのが2011年の12月のことだった。
流石に世界的な建築家だけあってデザインや発想が斬新である。2013年末に完成の予定。この施設にはPTSD対策の本拠地としての機能もさることながら、子どもたちの情操教育の場となるような仕掛けが散りばめられている。お話の読み聞かせの部屋、お絵かきの自由な部屋、絵本などを展示閲覧する図書室、緑豊かな中庭など、LVMH社が目指す「クリエイティブ」な感性を育むための小部屋配置の設計を見ると、子ども時代に戻りたくなるようでとても楽しい。

震災直後の、次から次へと起ってくる問題に一つひとつ向き合ってきた努力が、次の展開と新たな支援者を得て、相馬市の子どもたちの可能性の芽を大きく育てる器に変わろうとしている。今日まで我われを励まし、子どもたちの未来に力と夢を与えてくれた方々に感謝の気持ちを持ちながら、「LVMH子どもアートメゾン」の完成を待ちたいと思う。

 

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