市長エッセー

親たちに代わり

2013/01/03

平成23年4月より基金を開設した震災孤児遺児義援金は、24年12月末現在4億9千万円に達しました。
お蔭さまで、51人の孤児遺児の生活支援と、大学や専門学校などの学費と生活費仕送り分、また社会人として必要な自動車運転免許取得の教習所費用など、親が生きていれば子供のために頑張ったであろう、子育てと教育の資金を用意することが出来る見通しが立ちました。ざっと、一人1千万円と考えましたので、51人で5億1千万円を目標としましたが、戴き過ぎても申し訳がないので今年の3月31日を以って、基金を閉鎖させて頂きます。もしも将来、不足が生じるようなことがあれば、私の後を継ぐ市長たちにお願いしたいと思っています。
私の近しい市長さんたちからこの基金のことをそれぞれの市民にお伝え頂き、また私のメルマガ(#1)を読んで頂いた多くの個人、団体の方々からのご賛同を戴きました。日本中、世界中の皆様の温かいお気持ちにより、私や相馬市民の、震災犠牲者や孤児遺児たちへの思いの一部を叶えることが出来ますことに、衷心より感謝いたします。

私がこの基金を思い立ったのは、消防団員たちの御遺体発見の知らせを次々と受けた時でした。避難誘導をしながら、迫りくる巨大な津波を見た彼らが最後に何を思ったろうかと、胸が苦しくなりました。30代が主流の消防団員たちは子育て世代。父親としての責任と喜びを人生の途中で奪われる彼らの無念に、言葉も出ませんでした。
子どもを健やかに育てたい。成長して自立した後は強く生きてほしい。それは父親としての生き甲斐でもあり、人生で持ちうる最大の喜びでもあります。競争社会の今日、強く生きる為の最良の手段はしっかりと教育をしてあげること、具体的に言えば高等教育を身に付けさせることです。その為の努力を人生の途中で奪われたとしたら、さぞや心残りだったろうと思ったのです。

彼らに代わって我われがしてあげられることは、18歳までの生活支援と高等教育進学などの学費と平均的な生活費の仕送りまでです。父親が果たす精神的な支えや、社会教育などは勿論、及びもつきません。せめて郷土の英霊となった彼らを誇りに思ってもらいたいと考えていた23年9月の慰霊祭で、磯部分団の副分団長だった阿部健一さんの長女の彩音さんから、父を誇りに思うことや将来進学して人の役に立つ仕事に就きたいという弔辞(#2)を聞いたときは涙をこらえるのが精いっぱいでした。以来、復興の最大の目標は教育と考えています。

去年メルマガ(#3)で書いた、故稲山正弘分団長の長男の大輝君は千葉県の大学への進学が決まりました。
しっかり勉強して4年後は消防士になり、将来は消防長になって相馬地方の防災のリーダーになってほしいと祈っています。大輝君が相馬を離れて学生生活を送るにあたり、学費の一切と月々7万6千円の生活費、また自動車学校の講習料を、この基金に協力してくださったお一人おひとりの気持ちを添えて、分団長に代わって送らせて頂きます。

拙稿の読者諸兄で、この子らをはじめ相馬の子どもたちに継続的なご支援をお考えの方がおいででしたら、大学進学までの学力向上のための基金「教育復興子育て基金」(#4)にご支援をお願いします。この基金により、被災した磯部中学校、中村第二中学校の生徒にiPADを与え、数学のドリル、漢字の書き取り、理科の教材などに利用して来ました。何より将来生き抜くためのIT習熟に一役買うと思っています。また仮設住宅の集会所に東京大学教育学部の大学院生を招いて週末に実施する「相馬寺子屋」の経費に充ててきました。その他にも、相馬の子どもたちの学力向上のために使うことにより、地域全体、特に遺児孤児たちが大学進学のための学力を身に付けるよう、一同頑張りたいと思っています。

(#1)市長エッセー「震災孤児等支援金支給条例 」(2011/04/24)

(#2)市長エッセー「彩音さんの決意」(2011/10/25)

(#3)市長エッセー「君の未来に万歳」(2012/08/31)

(#4)「相馬市教育復興子育て基金のご案内」

 

前のページへ戻る

ホーム > 市長室 > 市長エッセー集 > 市長エッセー