市長エッセー

と・も・子(吉幾三)

2010/02/05

去年の夏、岩手県の久慈市長と八戸市内のスナックに行ったとき。
レパートリーの豊富な八戸市長から久慈市長がマイクを取り上げて歌いだしたのが、「と・も・子」という吉幾三さんの古い歌だった。
http://www.youtube.com/watch?v=aIsH3P_8spE
久慈市長は歳は私と同じだが、岩手県の県議会議長も経験され政治暦の長い人。それだけでもスピーチの上手なわけが納得できるが、ご実家がお寺でご自身も僧侶の資格をお持ちである。お坊さんは法話というありがたい話をなさるから、この歌もあのように切々と、まるで自分の体験のように語り、歌われるのだと感心した。何せ「と・も・子」は半分が吉幾三さんの「おしゃべり」なのである。
 この歌は1987年のリリース。ずいぶん古いけれど、発売当初はあまりヒットしなかったようだ。しかし、ここ3,4年、徐々に人気が出てきたらしい。語りに続く歌詞のなかに「おそかったラブソング」というフレーズがあるが、吉幾三さんの気持ちが届くのに30年もかかったわけだ。

とも子という女性と幸せに暮らしていたが、ある日「買い物にいってきまーす」と言って出かけたきり帰ってこなかった。楽しかった日々を恋しがっても、いくら待ちわびてもとも子は戻ってこない。やがて一年も経って、とも子を追って旅にでた男は、東北一帯を巡ったがなかなか見つからない。やっとの思いでめぐり合えたのは函館だった。アパートの下から、「おーい、とも子ぉ〜俺だよ〜」と声を掛けたら、窓から顔を出したとも子が、いきなり「ワーッ」っと泣いて・・・。

 「どうしたのぉ?とも子ぉ・・大ぎなお腹してぇ?食べ過ぎだのぉ?」
 「子供できたの・・」「あれぇー!誰の子供なのぉ?」
 とも子は「知らないっ」と言って、大きな涙をポロっとこぼした。

 かわいそうなとも子。あれがら3回目の秋だ・・。とも子が死んでから3回目の・・3回目の秋だぁ・・・。

   ざっとこんなせりふが続いたあとバラード調の歌が始まる。歌もいいが、津軽弁での吉幾三さんの台詞というか、トークがすばらしい。これを久慈市長さんが岩手訛りで朗々とやるので、周りにいた人たちは思わず聞き入ってしまう。そして面白いことにこの歌を聴いた思いが、男と女ではまるで違うのだ。
 おそらく30年前は、やさしかった男を捨てて不幸な道を選んだとも子よりも、この男に同情する世の男性陣の受け止め方がメジャーだったに違いない。「そうだよなぁ〜」という感想が聞こえてきそうな気がするが、たぶん女性たちも「そうよねぇ。とも子さん馬鹿よねぇ」と考えたに違いない。だから多分ヒットしなかった。
 しかし今の、21世紀の女性たちは違うのだ。「そうよねぇ。とも子さんの気持ちがわかるわ」というのが今の女性たちの気持ち。結果はどうあれ、その時の自分の感性に素直に従って生きることを選びたがる女性のほうが圧倒的に多いのだ。刹那的に自分に従ったとも子は、男たちからみれば我儘な女なのかも知れない。しかし男が女性のこのような部分を理解できなかったから、とも子が帰ってこなかったという見方もできる。愛を信じるだけでは愛し続けることが出来ないという、作者(吉幾三さん)の恋愛観を見事に表した一曲。
 婚活中の男たちが、とも子の行動を理解できずに逆に責めるようでは、結婚まで辿り着くことも、やがて結婚生活を維持することも難しいだろう。人生における、女性の価値観の多様さを理解することは、男にとって実に骨の折れることである。しかし、この多様性を受け入れる能力に欠ける傾向があるから、未婚男性と離婚件数が増えるのだ。

 

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