下水道のはたらき

右の写真はマンホールの蓋の写真です。相馬市内の道路で見ることができます。
私たちがお風呂やトイレでつかった水は、下水処理場できれいにされ川へとかえっていきます。
ここでは下水道についてみていきましょう。

 

 

下水道はなぜ必要なの?

現在私たちは、快適な生活を送るために、昔に比べよりたくさんの水を使っています。  また、会社や工場でもたくさんの水を使って、私たちの生活を支えています。
しかし、このように使われる水の量が増えると、捨てられる水の量も増えてきます。この使われた水をそのまま捨てると、汚れた水が家のまわりにたまり、くさいにおいを放ったりハエやカなどが発生し生活環境を悪くします。
さらに、汚れた水が流れ込んで川や海それから松川浦などを汚し、海水浴場(かいすいよくじょう)なども汚れて私たちの暮らしにさまざまな悪い影響を与えます。
下水道はこのようなことをなくし、私たちが快適で衛生的(えいせいてき)な生活ができるようにしています。

 

相馬市の下水道の歴史

なぜ下水道を作ることにしたの?

昭和33年の台風22号による大水害にあってから、相馬駅前から荒井町にかけては、大雨がふるたびに水害にみまわれるようになりました。
この地域の方々から「一日も早い改修をしてほしい」という強い要望があり、市街地中心部の都市排水(としはいすい)について基本計画をたてました。
その結果 、雨水は都市下水路で、汚水は公共下水道で排除(はいじょ)するという「分流(ぶんりゅう)方式」を採用することになりました。
そして昭和45年から降雨(こうう)による浸水被害(しんすいひがい)を防止するための都市下水路事業、昭和49年から汚水を処理する公共下水道事業がはじまりました。

普及していくまでの道のり

昭和49年8月

建設省(現在の国土交通省)より相馬市が公共下水道を建設することに認可を受ける

昭和49年12月

公共下水道第1回目の工事がはじまる

昭和52年11月

2号下水路ポンプ場の建設がはじまる

昭和53年11月

1号幹線(相馬市でもっとも太い下水道管)トンネル工法が完成する

昭和55年3月

2号下水路ポンプ場のポンプ施設4台が完成

昭和61年12月

下水処理場の建設がはじまる

昭和62年12月

下水道管が小泉川の下を横断する工事が完了する

平成元年11月

すべての下水道管が下水処理場までつながるようになる

平成2年4月

相馬市下水処理場の運転が開始まる

 

下水道の工事

みなさんが通っている道路には、数十メートル間隔で鋳鉄製(ちゅうてつせい)のマンホールの蓋(ふた)が見受けられると思いますが、その道路の下には下水道の管が埋設(まいせつ)されています。
下水道管の埋設工事(まいせつ)の方法は、比較的浅い箇所に埋められる枝管については、開削工法(かいさくこうほう)、枝管の汚水を集めて流す本管は、深い箇所に埋められるため、推進工法(すいしんこうほう)が一般的に採用されています。

 

工事の様子  

〈開削工法〉

〈推進工法〉

道路を上から堀り、管を埋めていく方法 まず深い穴をほり、その穴から管を横へ地中に押し込んでいく方法

   

〈埋設された管〉

〈マンホールの設置〉

 

水がきれいになるまで

各家庭や工場から排出された汚水は、下水道管により処理場まで導かれ、ここで一括処理されます。
相馬市の下水処理方式は微生物(びせいぶつ)を利用して、生物学的に有機性物質の除去を行う標準活性汚泥法(ひょうじゅんかっせいおでいほう)という方法をとっています。
この下水処理場には相馬市内から下水道管により導かれた汚水が、処理場の入り口では地下約12mほどの深さに口径1,200mmの管で入ってきます。

処理場での工程

 

下水道の正しい使い方

下水道が整備されたからといって、家庭から出るものを何でも下水道に入れ てはいけません。
たとえば、水洗トイレで水に溶けるやわらかい紙以外のものを流したり、ゴミや油を流したりすると下水管が詰まったり、中間のマンホールポンプに詰まり汚水が流れなくなったりしますし、下水処理場のスクリーン(網)にゴミがひっかかったりして、処理場で働いている人たちが大変苦労しますので、そのようなものは下水道に流さないようにしてください。 

 

 


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