相馬の文化財

私たちの相馬市には、たくさんの文化財があります。
ここでは、そのなかの主な文化財について紹介します。

 

文化財とは?

文化財とは、「長い歴史の中で生まれ、育まれ、今日の世代に守り伝えられてきた貴重な市民の財産」です。たとえば、神社や寺、仏像、絵画、祭り、遺跡、貴重な動物や植物などが含まれ、いろいろな種類があります。
これらの文化財を未来へ守り伝え、相馬の伝統的な文化を発展させていくのは、市民のみなさんです。

 

文化財の種類

文化財は、「有形文化財」、「無形文化財」、「民俗文化財」、「記念物」に分け、国および県、市が指定し保護しています。

このほか、土地に埋蔵されている文化財(埋蔵文化財)も保護の対象とされています。


文化財の体系図

文化財 有形文化財 建造物(お寺、神社、古民家など)
美術工芸品(仏像、絵画、古文書など)
無形文化財 演劇、音楽、工芸技術等
民俗文化財 有形民俗文化財
(無形民俗文化財に用いられる衣服、器具、家屋など)
無形民俗文化財
(衣食住・信仰・年中行事などに関する風俗習慣、民俗芸能)
記 念 物 史跡(貝塚、古墳、城跡、旧宅など)
名勝(庭園、峡谷、海浜、山岳など)
天然記念物(動物、植物、地質鉱物)
埋蔵文化財 土地に埋蔵されている文化財

 

国の指定文化財

霊山(りょうぜん)

南北朝時代(1336年〜1392年)の初め、陸奥国司(むつこくし)・鎮守府将軍(ちんじゅふしょうぐん)北畠顕家(きたばたけあきいえ)が義良親王( のりよししんのう 後村上天皇)に仕えて、この山にたてこもり北朝と戦い、東北地方を治めました。山のふもとには北畠親房(きたばたけちかふさ)や北畠顕家など四氏を祭る霊山神社があります。
山の標高は825mで、形のめずらしい岩が散在し、広々とした眺めと美しい景色で有名です。特に青葉、紅葉のころの美しさが有名で、山頂には霊山城跡(りょうぜんじょうあと)、国司館跡(こくしやかたあと)、霊山寺跡(りょうぜんじあと)などがあります。

 

相馬野馬追

 言い伝えでは、相馬氏の先祖、平将門(たいらのまさかど)が下総国小金原(しもふさのくにこがねがはら 現在の千葉県流山市付近)に野馬を放ち、敵と見立ててこれを追い、武芸の練習をしたことに始まったといわれています。
現在は、妙見三社(みょうけんさんしゃ)といわれる相馬中村神社(相馬市)、太田神社(原町市)、小高神社(小高町)の合同のお祭となっています。

もっとくわしくしりたいときにはのページをみてね。

 

相馬中村神社本殿(ほんでん)・幣殿(へいでん)・拝殿(はいでん)

相馬中村神社は、相馬三妙見社の一つで、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)をまつっています。
1611年(慶長16)相馬利胤(としつね)が中村城をつくったとき、鎮守妙見宮(ちんじゅみょうけんぐう)を城内にまつったのがはじまりと伝えられています。
現在の社殿は、1643年(寛永20)に造られました。その後、ほぼ20年ごとに合計9回の修理を重ね、また、平成元年から4年にかけて大修理が行われ、屋根も創建当時のこけら葺(ぶき)につくりなおされました。社殿は、本殿・幣殿・拝殿からなる権現造(ごんげんづくり)の複合社殿となっています。本殿は、もともとは透漆塗り(すきうりしぬり)が施されていました。
全体的に建物は簡単で質素ですが、漆塗り(うるしぬり)、彩色(さいしょく)、飾金具(かざりかなぐ)で飾り、寛永建立(かんえいこんりゅう)の正統的なもので、相馬地方を代表する建築です。

 


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