松川浦県立自然公園
松川浦からうまれた芸術
貞享5年(1688年)第5代相馬中村藩主相馬昌胤は、松川浦を新名所として公認してもらうため、松川の名勝地を十二ヶ所、連歌師猪苗代玄盛に選ばせ、狩野派の絵師にその様を描かせ、東山天皇に勅許を願い出ました。
この当時、新たな名所をつくりだすには勅免が必要でした。
朝廷からは、許可とともに、12景の絵にそえて公卿の和歌を贈ってきました。それが、「松川浦十二景の和歌」です。
高位の公卿達に読まれた和歌とそうそうたる狩野派の絵師によって描かれた絵は、いずれもすばらしく、「絹本著色松川十二景和歌色紙帖」とよばれ、市の文化財に指定されています。
(写真は「鶴巣野」)
松川十二景和歌の碑
松川十二景和歌を後世に伝えるため、歌碑が建立されています。歌碑には、「松川十二景之和歌」の碑(集合歌碑)とそれぞれの和歌が詠じられた所縁の地に建立された歌碑(個別歌碑)の2種類があります。
●集合歌碑
大正13年に佐藤宣幸とその孫の佐藤俊輔によって建立されました。もともとこの歌碑は水茎山の夕顔観世音堂の境内にありましたが、昭和18年に旧松川部落が現在の松川に移住されられた際、夕顔観音堂ととに船越観音堂境内に移設されました。
●個別歌碑
昭和50年代、60年代に観光や文化の向上を目的に相馬市などによって建てられました。右の歌碑位置図の番号順に和歌を紹介します。
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松川浦
【作品】 春やなほ たぐひも波の 曙に かすむ緑の 松川の浦
【歌碑の場所】 松川地区の松川浦漁業協同組合潮干狩り休憩所隣。昭和54年3月、相馬市によって建てられました。
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水茎山
【作品】
うつし絵も 及ばんものか 桜咲く 水茎山の 春の面影
【歌碑の場所】 鵜の尾岬の高台。昭和54年3月、相馬市によって建てられました。
- 飛鳥湊
【作品】よる舟も とめて湊の 名をや知る 明日は飛鳥の 変る浮寝に
【歌碑の場所】 鵜の尾岬トンネルの西側駐車場を過ぎた、旧松川集落跡地の入口。昭和54年3月、相馬市によって建てられました。
- 離崎
【作品】 冬寒き 色あらはれて 離崎 岩根の松ぞ 雪に木高き
【歌碑の場所】 離崎に近い人工島。「相馬市市民憲章実践基金会」によって昭和61年6月に建てられました。
- 松沼浜
【作品】 船寄せて 涼しき浪に 月をなほ まつぬの浜の 松の下風
【歌碑の場所】 松川浦大橋の袂。「相馬市市民憲章実践基金会」によって昭和61年6月に建てられました。
- 川添森
【作品】 夕月の 光も清く 川添いのもりて 涼しき 秋の初風
【歌碑の場所】 小泉川の河口。「相馬市市民憲章実践基金会」によって昭和61年6月に建てられました。
- 文字島
【作品】 冬寒き 水にもうつす 文字島や おくれし秋の 雁の一つら
【歌碑の場所】 岩子の塩釜神社の境内。「相馬市市民憲章実践基金会」によって昭和60年4月に建てられました。
- 紅葉岡
【作品】 名もしるく 幾しほ染めて 色や濃き 紅葉の岡の 秋のこずゑは
【歌碑の場所】 長命寺の山門を入った右手。昭和54年3月に相馬市によって建てられました。
- 沖賀島
【作品】 沖が島 見る目涼しき 夕浪の 寄する葦辺ぞ たぐひしもなき
【歌碑の場所】 塩釜神社の境内に文字島の碑と並んで建っています。「相馬市市民憲章実践基金会」によって昭和60年4月に建てられました。
- 梅川
【作品】 さす舟の 棹の雫も 匂ふなり 浪も花咲く 春の梅川
【歌碑の場所】 梅川の河口近く。「相馬市市民憲章実践基金会」によって昭和61年6月に建てられました。
- 長洲磯
【作品】 真萩咲く 長洲の磯の 夕なぎに 汝も飽かずや あさる雁がね
【歌碑の場所】 大洲公園内。「相馬市市民憲章実践基金会」によって昭和60年11月に建てられました。
- 鶴巣野
【作品】 住みなれて 己が名にあふ 鶴巣野に 千代経る雛の 栄えをも見む
【歌碑の場所】 柏崎を経た磯部集落の入口。「相馬市市民憲章実践基金会」によって昭和61年5月に建てられました。
松川浦には、その他に、天野多津雄、松田亨、岩崎敏夫の歌碑、河東碧梧桐、巌谷小波、横山丁々、豊田君仙子、阿部みどり女、只野柯舟の句碑等があり、文学碑めぐりの散策も楽しむことができます。
写真は長洲磯。