松川浦県立自然公園

松川浦のうつりかわり

松川浦地図(地名入り)現在、松川浦での船の出入りは、松川浦大橋のある、岩盤が掘られている地点で自由に行き来できるようになっていますが、それにいたるまで浦口は大きく変化してきました。

年代は不詳ですが大昔、浦の出口は、現在大洲公園となっている古湊あたりだったといわれています。

中世社会時代(西暦1000年)のころには、浦の出口は中州の真ん中ころにありましたが、次第に北上して、しまいには鵜の尾岬の南下まで来ました。この川口は飛鳥湊と呼ばれ、川口が時々変わることからこの名が付けられたといわれています。
この飛鳥湊の川口も潮流の変化や暴風などにより、砂が流れ込み、塞がれることがあったため、浦の北の方、原釜港に近い方を開削して新たな川口をつくることになりました。
松ケ江村、飯豊村、磯部村の三ヶ村組合が事業主体となったこの工事は、明治41年(1908)1月に始められ、明治43年に現在の川口が完成し、飛鳥湊の旧川口は閉じられました。

この新しい川口には、板橋が架設されましたが、大正2年8月に暴風雨により流され、その後は渡船での利用となりました。

平成2年度より松川浦漁港関連道工事の橋梁として、松川浦大橋の建設が始まり、平成7年3月16日に橋長520.3メートル、全幅9.75メートルのPC斜橋が完成。相馬を代表する観光名所となっています。


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