メールマガジンNo.262(2012年1月7日号)

震災対応から復興へ(2012年頭にあたり)

震災直後の大命題は「次の死者を出さない」ことだった。つまり地震および津波により生死の境をさまよっている人をできるだけ早く救出し安全を確保すること。次に救助した人たちの死亡のリスクを短期的、中長期的に回避していくこと。具体的には十分な医療体制による病的状態の回避、経済的精神的な困難からの自殺防止、次に孤独死防止である。これらのことは災害対策として文法とも言うべきことだが、実際はそれぞれの状況がお互いに絡み合っていて震災直後から同時並行で進めなければならなかった。
我われにとっても、日本にとっても未曾有の災害であり、実際には理屈や予想通りにいかないことばかりだったが、勇敢だった市役所職員をはじめ、自衛隊、消防、警察、議会、区長会、東北地方整備局、経産局、農水局はじめとする国の諸機関、支援自治体やNPOやボランティアなど支援者の皆様、被災翌朝から避難所の健康管理に当たった相馬市医師会の有志の先生や日本医師会を始めとする医療関係団体、市役所の体制下に入ってくれた在相の企業の職員の方々など、やる気と統制力にあふれるメンバーが災害対策に頑張ってくれたお蔭で、私のような経験の浅い災害対策本部長が、何とか災害関連死を出さないで来れた。改めて心から感謝申し上げたい。

発災3か月後の6月、市内の被災者がすべて仮設住宅に移ったのを機に、次の大きな課題への取り組みを開始した。復興計画を作り、それに基づいて被災者の方々の生活と地域の再建を成し遂げることである。復興のプロセスとして地域再建が成るまでは仮設住宅での不自由な暮らしをお願いすることになるが、もしもここで栄養失調による病死や孤独死を出してしまったら最初の苦労が報われないばかりか、夜昼なく労を惜しまず対応にあたった前述の勇者たちに申し訳がない。したがって当然のことながら「災害関連死となる、次の死者を出さない」ことを中長期的な大命題にしながら復興計画を進めることとした。

7月には復興計画の素案がまとまり、復興会議や、有識者からなる復興顧問会議での吟味を経て、8月にホームページで発表した。復興の理念としては「それぞれの人生のステージにおいて次の人生設計ができること。そのためにソフト・ハード事業を行う。すなわち、子供には健全な成長を。高齢者には安心な老後を。青壮年層には雇用・住居など人生巻き返しのための条件整備を。これらの目標のための政策を、我われが得意とするISO9001の手法で実施してゆくこと」

このうち、被災高齢者対策の最大の課題となる、震災によって孤独者となった老人の単独世帯の長期的ケアのために、「相馬井戸端長屋」を開発し現在建設中である。計画中の5棟のうち、ダウ・ケミカル社からご寄贈いただいた第1棟が3月に完成し、4月から第一陣が入居する。今回の震災での災害公営住宅入居のおそらく最初のケースとなるだろうから、家賃などの経費をどのように負担していただくかなど、諸課題について復興大臣にも相談を申し上げて最適な方策を検討していきたいと考えている。また入居者の組み合わせによって共助生活がスムーズにできるかどうかが決まってくるが、10年後には一部の人が要介護状態となることを予想して介護保険サービス対応型住宅としたので、それなら最初から老々介護世帯などのリスクの高い世帯を入れて、共助生活にある程度負荷をかけながらバックアップ体制を組んでいくことも考えることにした。ゆえに市役所のきめ細かな支援の下に入居者の自立が図られるよう、役所内に30代、40代の職員を中心にプロジェクトチームを結成した。図上での試行錯誤と研究を重ねながらマニュアル作成に入っているので、いずれ詳細を報告したい。

青壮年の世代への人生設計の支援には、我々の出来る限りの知恵と労力を投じたい。つまり復興住宅建設と生産体制の再生という課題を中心に、可能な限りのサポートをしてゆくことである。農業、漁業、さらに関連する第二次産業の復興は人生設計に不可欠な職業・雇用と直結するが、インフラの復旧までは計画できても、個人生活の復興にはそれぞれの被災者の自己責任に帰する要素も多いので、自立心とモチベーションをいかに保つかも課題である。私としては住宅の整備を急ぐことにより、個人的な復興へのモチベーションにつなげなくてはならないと考えている。ゆえに、住宅整備の具体的計画と、入居へ向けての意向調整は急務である。コンサル会社によるアンケートでは、被災世帯ごとの生活設計までは把握できないので、12月には市役所職員による全戸への訪問調査を行った。これは、大体の傾向を捉えることが目的ではなく、誰がどのような希望を持っていて、またそれが可能な状況なのかというところまで踏み込んで、復興住宅建設や住宅用地の追加取得のための基礎的資料とするためである。今後は、これらの一戸一戸のデータをもとに公営住宅を具体的に企画していかなければならないし、また土地の造成も、追加取得と並行して速やかに実施していかなければならない。被災者の中にはグループで協力しようとする方々もいるので、連携して作業を進めたいと考えている。

子どもたちへの成長支援は、災害急性期ともいえる昨年に引き続きPTSD対策を主眼に、孤児・遺児に対する経済的支援、学力向上と情操教育などによる精神的豊かさを育てること、また健康管理などについても出来るだけ細やかに実施していきたいと考えている。昨年来、世界中からの支援をいただいた「孤児・遺児に対する生活給付金、および奨学資金」はお蔭さまで月々3万円の生活給付金の全額と、対象孤児・遺児の約半数の大学進学を可能にするだけの寄付金を寄せていただいた。被災児童生徒を主に、相馬市の子どもたち全員の教育向上のために新たに設けた「相馬市教育復興子育て基金」にも多くの善意を寄せていただいている。寄付をしてくださったおひとりお一人の善意に、相馬市民を代表して心から感謝の誠をささげたい。また、今後有意義に使わせていただくとともに、その内容について本メルマガや市のHPで積極的にご報告申し上げていきたい。 
PTSD対策のほうは、「NPO法人・相馬フォロアーチーム」よる活動のお蔭で、大きな精神的障害の発生を防ぐことができたと考えている。スクールカウンセラーを多数派遣していただいた星槎クループ、保健師を派遣していただいた東京都健康長寿医療センター、事務員を派遣していただいた難民を助ける会は、それぞれボランティア派遣だった。改めて心より御礼申し上げ、今後も可能な範囲でのご支援をお願いしたい。健康管理については、これまでも多くのボランティアドクターのご支援をいただいたが、近じか新たに数名のドクターを顧問にお迎えすることになっているので、こちらも積極的に取り組んでいきたいと考えている。
ご報告になるが、昨年末の12月28日、世界的企業であるLVMH(モエヘネシールィヴィトン)社と、相馬市の子どもたちの情操教育とPTSD対策を中心とした実践・研修施設「LVMH子どもアート・メゾン」をご寄付いただける確認書を交わさせていただいた。詳細は別稿でご紹介させていただくが、心の中に花が咲いたようだった。

それぞれの世代の復興と、地域の今後に大きく負の影響を及ぼす放射線障害対策についても、可能な限り取り組んでいきたい。除染を積極的に進めるために、昨年末に「相馬市除染計画書」を策定したが、昨年は地域住民の方々や教育関係者と役所の三者で進めてきた段階をさらにレベルアップするために、今年は研修を受けた事業者に積極的に発注し、雇用対策の一部にも取り込んでいきたいと考えている。
昨年の放射線量の経過の中で明らかになったことは、子どもたちへの健康への懸念に対し、出来るだけきめ細かな対策を講じていくべきことである。とりわけ、内部被ばくへの将来的な警戒が必要ということが分かってきたので、シンチレーションカウンターをすべての小中学校と公民館に配備すべく発注済みである。しかし、品薄で届くまで日数を要することから、市役所の一階に設置した2台の機器で、業務時間後にそれぞれの学校で出した、実際の給食のベクレル値を測定することにした。本来なら調理の事前に計測したいのだが、配備が完了するまでの次善の措置である。またホールボディカウンターも継続的検査の必要性から、整備してゆく計画である。現在まで明らかになってきている相馬市での被ばく線量では、高度被ばくに起因する白血病などのがんの発生の可能性は低いと考えられるものの、チェルノブイリで多数発生した甲状腺がんには細心の注意を要すると考えている。甲状腺がんの検査は超音波診断に頼るしかないので、発見可能とされる3〜4年先までには検査体制をしっかり準備することも考えておきたい。
放射線対策のもう一つのポイントは、子どもを持つ親ごさんたちをはじめ、市民に放射線障害に対する正確な知識をもっていただくことである。「適切な心配と対策」が必要であり、これからも市民講座や講習会を積極的に開催していきたい。
また、子どもたちの健康不安に応え、さらに子育て支援になるように、相馬市独自の政策として中学生まで実施している「平常時間内の医療費無料」を来年度より18歳まで引き上げたいと考えている。3月議会に提案したいので、各方面のご理解をいただきたい。
放射線対策については、東京大学医科学研究所の上(かみ)研究室に原発事故直後から、アドバイザーとして大きなご支援をいただいてきた。特に研究員の坪倉医師には多くの労力を割いていただいた。この稿を借りてスタッフの皆様に感謝申し上げたい。

以上、年の初めなので、災害対策に明け暮れた去年と、その経験を踏まえた今年の方針を書いたが、大筋は復興計画に基づくものである。ただ、去年と違うのは、成果を可視的な形で示していかなければならないということである。したがって今年は力仕事だと思っている。相馬市チーム一丸となって全力でかからなければならない。


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